MBI Alpen MBI Event Home
[第46回アルペンサークル] 2014年2月14日

 第46回アルペンサークルは長野県の「奥志賀高原スキー場」で実施しました。今年は昨年にも増して大雪で積ってゆく新雪に苦労しました。参加予定だった町田さんは松本で志賀高原行を断念するほどの下界での大雪でした。
 スキーの後は、ゲレンデの下の宿「シャレー・クリスチャニア」で夕食を楽しみ、そして懇親会では野上さんの進行でショートスピーチで歓談し楽しい時間を過しました。下界では想像以上の大雪で新幹線、高速道路、幹線道路がマヒしてしまい、それぞれ苦労しながらも全員無事に帰宅しました。スキーよりも帰宅困難で盛り上がってしまったアルペンサークルでした。

参加者は下記の通り12名でした。


 1.野上 浩三(1期)
 2.野上 三恵
 3.小川 哲夫(7期)
 4.小川 柊子
 5.風間源一郎(9期)
 6.渡辺 貞 (12期)
 7.比地原正明(17期)
 8.比地原正子
 9.土田 晃道(18期)
10.星野 令子
11.鮫島 員義(24期)
12.鮫島 厚子


早い人は12日から宿泊しスキーを楽しみました。13日の天気はまずまずで今回唯一の好コンディションでの滑りができた日でした。一の瀬の奥にある寺子屋まで行き、気持ち良く滑りました。14日になるとどんどん雪が積もってきてゲレンデは新雪になりましたが、午後の雪は重く苦労しました。





焼額山に集合(2月14日)





楽しい夕食のひととき





懇親会でショートスピーチ


渡辺さんのビデオで滑りをチェック




今回のアルペンサークルは記録的な大雪に見舞われ、スキーよりも苦労した帰り道で話題が沸騰しました。皆さんの帰路の物語をご覧ください。

町田さん
 私は14日、松本から奥志賀に向かうべく松本駅前のレンタカーで手続きをしたところ、レンタカー会社から絶対止めるべしと説得され、奥志賀行きを断念致しました。すぐに松本駅にもどり新宿行きのあずさに乗りました。実はこのあずさが14日中に松本から出発した最後の電車でこの後2日間は不通でした。もしあそこで躊躇していたら・・・、クリスチャニアにスキー用具を送り返して頂く手配をお願い致しましたが未だ届きません。きっと私の身代わりで何処かに留まっているかも知れません。

野上さん
 私どもは新幹線が開通したという情報に基づいて16日12時に奥志賀発のバスに乗りました。しかし、新幹線は最初の一本だけが走り、その後は8時過ぎまで開通しませんでした。その間、善光寺を参拝して有意義に過ごすことができました。境内では山門の屋根から雪が落ちてくる危険から迂回させられるなど、滅多にない経験もしました。最も苦労が少なかったのではないかと思いますが、それでも家に着いたのは12時でした。

鮫島さん
 私は16日の朝9:55奥志賀高原発のバスに乗り、これが20分ほど遅れて出発。できることなら会社に出て、気になっていた仕事を済ませて帰りたいと考えての朝の出発。長野の町はずれまではゆっくりながら下りてきましたが、有料道路がストップのためバスは街中を行き長野駅に約1時間半遅れで到着。1時に長野新幹線が再開との話だったのですが、5時までに延長。出社はあきらめ。
 バタバタしても始まらないと腹を据えて、信州そばを食し(期待ほどの味ではなかった)、映画を見て、5時半過ぎに駅に戻りましたが、話によると約4000人が駅に渦巻いていたそうです。長い長い、時には雪が残る駅の外までとぐろを巻いたような列に並び、なかなか前に進まないことにも耐えながら、新幹線に乗れたのは8時過ぎ。往路はゆったりと座りながらの1時間だった鉄路の旅を、ぎゅうずめ立ちっぱなしの1.5時間ほど。それでもその日の内に自宅に帰って、ゆったり風呂に入り体を伸ばして寝ることができました。

土田さん
 「15日」奥志賀発9:30=地吹雪の中そろりと下りて=下の道でスピードアップ?視界が効かずカーブを曲がらず真っ直ぐ深雪に突っ込んだ?通りかかりのトラックにお願いして、携行の牽引ワイヤーで引っ張ってもらったが断線、トラックの予備のタイヤチェーンを牽引チェーンとして使用してかろうじて脱出しました。人、車は無事。飯山〜十日町〜塩沢経由で清水雲天(民宿)入り。(国道117号線?は除雪完ぺきでした)
 「16日」参加メンバーが大幅に減ったが、新幹線の二人(ワンゲルOB)を駅まで迎えに行き、ワンゲル山小屋方面往復。宿泊
 「17日」ワンゲルOBを越後湯沢駅に送り、水、食糧を補給して湯沢ICから開通していた新潟方面に向かう。湯沢IC13時、新潟JCT15時、郡山17時、浦和20時、帰宅21時半でした。道路に雪は無く、殆ど乾燥していて快調に走りましたが約600kmのロングドライブでした。この間小川さんの奥様と星野がメールと電話でやり取りをさせて頂き情報を入手しつつ走りました。星野の娘婿は17日志賀高原から松本方面に向い、あちこち走った結果東名に出て深夜東京に着いたはずです。

小川さん
私は18日の朝出発し、開通した中央道経由で18日の午後4時ごろに帰着しました。奥志賀に6泊もしたのに、スキーは僅か1日半。それでも、渡辺さんが持参したトランプで楽しく過ごす事ができました。美味しいワインや食事、それに皆様との楽しい会話を十分に楽しめましたので、それで良かった様に感じています。

風間さん
 18日上山田温泉から11時半姨捨山SAに出て午後5時無事帰宅しました。17日夜は温泉でゆっくり寛ぎました。一生の思い出になるスキー旅行でした。

比地原
 15日は一滑りしてから高速道路で帰宅する予定だったが、大雪のため朝10時に奥志賀を出発した。雪の道、雪の壁、降りしきる雪のホワイトアウトの中を慎重に進み法坂のスキー場を過ぎてホッとしたのが間違えでその先3回、合計3時間以上雪崩のため道路上で止められる事になる。少し前に出た土田さんは雪崩の影響が無かったようでもう少し早く出発すればと悔やむ。それでも志賀に閉じ込められずに湯田中に降りられて良かった。
 中野のコンビニで食料を調達したが、既に弁当、おにぎりの類は底をつき、パンは無い状態。まだあまり危機感は無かったので買占めに回る事は考えず、小布施で念のためガソリンを満タンにしてゆく程度で今晩中の帰宅を考えていた。道路は時速20キロ程度で流れていた。
 長野を過ぎると18号線の路面の除雪状態が悪くなり上田まで20キロを切る速度になった。何台かスタックしているトラックを見るようになり所々で渋滞している、前のトラックがスタックしないか心配しながら走る。上田バイパスは快適に走り、前のトラックもいなくなった。小諸までは快調に走っていたが浅間サンラインに入り登り下りが始まると状況は一変してきた。ボツボツとスタックしていたトラックが一列に並ぶほど多くなった。
 やむを得ず18号線に下る事にする。18号線の上り車線は既にトラックが一列に並んでいる。下り車線を逆走して行くと対向車がこの先行かれないので戻ってきたとの事だ。まだ夜の8時、帰宅する希望は捨てていなかった。戻ってきた車列について裏道で御代田を経て18号線に出た。ここも上り車線はトラックの列だ。下り車線を走る車が少ないので下り車線を逆走する。追分のコンビニで夕食を買うが、ごはんやパンの類は売り切れだ。
 軽井沢バイパスに入り、この先通行止めと知った。行けるところまで行こうと前進するが、塩沢の交差点でこの先上下車線ともトラックで抜けられないとの情報を得る。右に下仁田方面はどうかと入ってみるが、除雪してあるのは宿泊施設までで全部行き(雪)止まりだ。あとで地図上のログを見て無駄な1時間半だったと知ることになる。
 残る選択肢は佐久へ戻り甲州街道を行くか旧道から行くかだ。佐久へ今来た道を戻る勇気は無かったが、山梨はさらにひどい状態と後で聞き佐久へ行かずに良かった。旧道へ出るのも大変だった。1車線しか除雪してないのにスタックした車が放置してあったりする。何とか旧道に出て除雪してある道を碓氷峠に向う。しかし、軽井沢駅の手前で不安を感じて右に南軽井沢の高速入口に曲がった。後で聞いた話では旧道は除雪が1車線ですれ違いできず、雪崩の危険もあり、無事に下れたとしても安中が通行止めになっているという事だ。何もない旧道の碓氷峠で何かあったらそれこそ危険なので行かずに良かった。
 もうすぐ18号線の南軽井沢交差点という所でスタックしている車が道をふさいでいる。無理して反対車線に行こうとしたらデリカがカメさんになってスタックしてしまった。床下の雪を除くのに1時間以上かかってしまった。もう深夜の0時近いというのにコンビニへ買い物に行くバスの学生が時々通り、車を押してもらったりした。みな親切だ。バスの学生は今夜で二晩目だという。彼らは翌日手荷物を持って一時的に動いた新幹線で帰って行った。
 結局0時過ぎに脱出でき、18号線との交差点が定位置になった。デリカでの車中泊は慣れていて快適だが、今日は少し寒い。着る物はいくらでもあるので着ぶくれして朝まで寝る事ができた。

トラックの向こうに浅間山が輝いている
 16日は6時に起床する。手持ちの食料で朝食にして暖かい車内でうとうとしていると外は晴れてきて目の前で浅間山が輝いている。家内が10分ほど歩いてコンビニから食料や飲物を買ってきた。コンビニにはご飯類は無いが、保存のきくカップ麺などは豊富に有るそうだ。
 昼ごろになって自衛隊の先遣隊が入ってきた。碓氷バイパスはこの先270台の車列があり、横になって道をふさいでいるトレーラーもあり開通には日数が必要との事だ。防災放送で避難所の事など伝えているがエコーで何を言っているのかわかりにくく場所は不明だ。家内が近くで炊き出しをやっていると聞いてきたので行ってみる。交差点のすぐ近くのハイランドイン・イーズというペンションで、個人の自主的な炊き出しだ。涙が出る程ありがたい。おにぎり、スープ、お茶をご馳走になり、トイレもお借りした。

お世話になったペンション

軽井沢駅方面から軽井沢バイパス方面
 その後、軽井沢駅の方へ散歩をしてプリンスホテルで買い物などをして時を過ごした。この時は新幹線は止まっていてロビーも賑わっていた。軽井沢で1mの積雪はあり得ない量で、駐車場の車も雪山の下だ。スキー場の方にも行ってみた。人工雪のスキー場も今日は天然雪が1mも積もって最高のコンディションだろう。もちろんこちらはスキーをする気分ではない。
 我々の車はトラックの車列の中ではないので自由に動ける。車でコンビニに行き夕食を食べ、トイレを借りる。上信越道は明日の夕方を目標に除雪しているとの情報もありインターチェンジの様子を見ようと行ってみるが途中で通行止めのゲートがあり行かれなかった。2回目の夜は寒さで何度か目が覚めた。それでも冬山のテントに比べれば天国だ。
 17日は昨日のペンションで朝食をいただきトイレを借りる。避難所の場所が分かった。碓氷峠方面に1kmほど歩いた所の成沢コミュニティーセンターだそうだ。早速歩いて行ってみる。役場の人や地元の婦人方が大勢支援に来ているが、肝心の利用者が少ない。昨夜の宿泊者は6名だったとの事。昨日知っていれば泊りに来たのに。テレビや役場の人から情報を集めることができ便利な場所だ。

定位置の南軽井沢交差点

避難所の成沢コミュニティーセンター

碓氷バイパス方面のトラックの車列

南軽井沢交差点
 お昼過ぎになってそろそろ碓氷バイパスが動き出すと言うので車に戻る。途中のガソリンスタンドでガソリンの在庫を聞くと、まだ少しあるとのことだった。車に戻ると前の車の奥さんがバナナをくれた。バナナのトラックの運転手がみんなに配って行ったとの事だ。
 3時を過ぎても動きが無いがその辺まで動きはじめたようだ。トラックとトラックの間の雪を人力で除雪しなくてはならないので時間がかかっている。特に交差点とガソリンスタンドの間にトラックの車間が長い所があり、そこで手間取っているようだ。3時半に出発して裏道からガソリンスタンドに行くとちょうど前のトラックが碓氷峠方面に出て行った所だった。ガソリンを満タンにしてトイレを済ませていざ出発。
 碓氷バイパスは嘘のようにきれいに除雪されている。上ってくる車も無い。久々に40キロで快適に走る。横川の手前で警察が規制しており軽井沢方面は通行止めになっている。2車線を車列が埋めている東京方面の車をどけないと相互通行できないためだ。安中の通行止めは既に解消されていて上りの流れは良いが、下り車線はトラックの車列がずっと続いている。下りの車は対向車が来るとトラックの間に逃げなくてはならず大変な迷惑だ。
 本庄の辺りで渋滞があったが、食堂で夕食をとっている間に解消した。東松山から南の関越道は開通したようだが圏央道が閉まっているので407号線から16号線と下道を通って午後11時前に帰宅した。2泊3日の長旅だった。

報告者 比地原 正明


MBI Alpen MBI Event Home