{ MBI-Kansai '2005 at Biwako }
(2005/10/15)



「 MBI in Kyoto 」あれから3年、・・・・。


2005年10月15日(土曜日)、「第2回関西イベント」 ( MBI kansai '2005 at BIWAKO ) が琵琶湖(大津)にて開催されました。当日は生憎と小雨の降る天候でしたが、皆さんの熱い想いにはまったく影響しませんでした。琵琶湖汽船のチャーター船「ビアンカ号」を借り切っての開催でした。



<琵琶湖汽船乗船場での受付風景>








<イベント・オープニング>
司会:大倉恒雄さん(13期)の開会の辞でイベントが始まりました。



<開会の辞>
第1回の関西イベントである「MBI in Kyoto」は2002年11月17日に開催され、講師には遠山先生をお呼びし、菅野さんにも来て頂いた。その時の参加者は74名だった。本日も急遽1名欠席が出たため、出席者は74名になった。偶然前回と同じ出席者数になった(笑)。次の開催時には100名を超えるような会にしたい。

74名の参加者のうち、35名がMBI会員であり、37名がMBI会員の家族や友人である。30名が関西以外から参加していただいた。前回の京都の時には「MBI “in Kyoto”」にしたが、今回は“at Biwako”にした。理由は“in Biwako”にしたら、水の中になってしまうので、遠山先生の英語のレッスンを思い出して、“at Biwako”にした(笑)。

続いて、イベント実行委員の吉野幸夫さん(28期)より、「琵琶湖クイズ」の説明がありました。本日の「琵琶湖クイズ」は全部で10問あり、○×式で回答するようになっている。大変難しいと思われるかもしれないが、ヒントとして、「回答には、ある規則性がある」。正解者には豪華商品が当たるので、ぜひ挑戦して欲しい。




<MBI関西支部会長挨拶>
さらに続いて、MBI関西支部会長:成田力さん(2期)の挨拶がありました。



<MBI関西支部会長・挨拶>
「MBI in Kyoto」から3年経ち、このようにまた皆さんに再会でき、うれしく思います。MBIのプログラムが終了してからは11年が経ち、私が参加(第2期)したのはもう21年前になります。本日は、皆さんとMBIの時の感動、興奮を分かち合い、恥をかいたことや失敗したこともシェアし、心おきなく過ごしたいと思います。

本日の最大のプログラムは、竹内先生による特別記念講演です。ご多忙にもかかわらず竹内先生は我々MBIのたっての願いを快く引き受けてくださいました。竹内先生に心から感謝申し上げます。菅野さんも東京から駆けつけてくれました。このイベントに対し、菅野さんからは献身的に接着役をしていただき、ご支援をいただきました。ありがとうございました。

MBIのOBは657名だそうですが、そのうち関西在住者は130−140名です。それからみると、今回の関西イベントの参加率はよくありません。MBIでは東京でよくイベントをやっていますが、関西の会員にとっては東京まで出かけて行って参加するのはなかなか難しい面があります。ですから、もっと関西での活動を盛り上げていきたいと思います。

そのためにも、会の運営は価値観の変化に対応していく必要があります。MBI会員では脱会者や会費の滞納も多いと聞きます。しかし脱会した方も、滞納している方もカムバックしたくなるような、魅力的MBIの会にしたい。気軽に参加できるようなイベントを企画し、関西の人にいろいろな機会を持っていただきたいと思います。

明日10月16日には関西史跡ハイキング・メンバーが「奈良斑鳩の里、日本初の世界遺産、法隆寺の秋を楽しみましょう」を企画しました。このような史跡めぐりは定期的に行っています。他にもゴルフや講演会も行っています。積極的な参加をお願い致します。

私は3年間MBI関西支部の会長をしてきましたが、反省事項もあります。今回、人心を一新したい。私の方からMBI関西支部の新会長に14期の川勝一明氏、新副会長に29期の山内眞也氏を指名したいと思いますが、この場で皆さんの承認をお願いします。(拍手にて承認)





< 特別講演「知識創造と経営」 >
竹内 弘高 教授 (一橋大学大学院 国際企業戦略研究科 研究科長)



はじめに
昨年の東京湾クルーズの時はピンクのジャケットで決めてきたが、本日はインテレクチュアルを強調して地味にしてみた。(爆笑)(注:とはいいながら、ジャケットはネイビーブルーでしたが、黄色のニットのタイ、黄色のソックス、カラフルな縞シャツ、そしておなじみのサスペンダー(しかも黄色!)という、竹内先生らしい結構なおしゃれファッションでした。)

それでは始める前に簡単なエクササイズをしたい。これはスタンフォード大学の心理学者が考案した性格判断テストである。本日の参加者の性格判断をしてみたい。まず、両手を組んで、右の親指が上の人は手を挙げて。はい、それでは左指上の人は?ちょうど半々。これではやりにくい。この心理学者によると、左親指が上の人はGreat Thinkersで、哲学者タイプ。ロダンの「考える人」のイメージ(笑)。逆に右親指が上の人はGreat Loversで肉体派(笑)。


二つの知識のタイプ
知識はその性質上、二つのタイプに分けられる。「暗黙知」 (tacit knowledge)と「形式知」 (explicit knowledge)だ。これらは異なる「知」で、融合して新しい「知」が生まれ、イノベーションにつながる。

因みに、今まで書かれたKnowledge Managementの本で、世界で一番引用されているのは野中郁次郎だ。野中・竹内著の『The Knowledge Creating Company』(邦題『知識創造企業』、梅本勝博訳、東洋経済新報社 2,000円)は、オリジナルは英語で書いたもので、1995年に出版された(注:当時、全米出版社協会のBest Book of the Yearを受賞している)。

あれから既に10年経っているが、それでも野中が一番引用されている。二番目は元ボストン大学のダベンポート。自称“野中の金魚のフン”の私が三番目。しかし引用の比率は1−3位で3:2:1。野中の理論は日本初のマネジメント理論である。

「暗黙知」とは何か
それでは「暗黙知」とは何か?「コツ」「What」という意見があるようだが、これでは「暗黙知」とは何だか分からない。例を挙げると、皆さんも小さいとき経験があったと思うが、燃えてるストーブに触れて“アチッ”と感じてすぐ手を離す。そうすると、冷たいストーブでも熱いと思って触れなくなる。このように、「暗黙知」とは暗黙のうちに体に宿っているもので、言葉や文章で表すことの難しい、主観的で身体的な知である。つまり、五感に宿る知である。理念、信念、思いなど、心の底に眠っている知が「暗黙知」である。日本人は「暗黙知」が豊かである。

「形式知」とは何か
野中とは30数年間一緒にやっているが、阿吽の呼吸がある。これも暗黙知だが、このような阿吽の呼吸は日本人の強みでもあるし、弱みでもある。形式化しないとだめである。「形式知」とは、言葉や文章で表現できる客観的で理性的な知である。例えば、PCに入れられる「知」で、言葉、音、図式などが形式知に相当する。デジタルになるものはすべて「形式知」と言ってもいい。

「知」の変換
このように、一人一人の人間の中に二つの違う知が宿っているが、どのように新しい「知」が産まれるのだろうか。野中・竹内共著の『知識創造企業』によると、二つの「知」(暗黙知、形式知)が変換したとき、新しい「知」が産まれると述べている。知の変換時とは、例えば思いを言葉にしたときとか、言葉を腹に落としたような場合だ。新しい「知」が産まれると、イノベーションが起こり、競争優位になり、利益があがるようになる。

しかし、一人一人の知を組織知にどうやって変換していくか、という問題がある。欧米では、自分の知を人に渡すものかという場合が多いが、日本人は平気で知を分かち合っている。会社を超えて分かち合う場合も多い。例えばMBIはいい例だ。どうしたら知の変換が起こるのか。「組織間の知識創造」について、野中は現在いろいろ考え、第二弾の本の執筆に入っている。

「SECI」(セキ)モデルについて
「知」の変換について、野中は「SECI」(セキ)モデルを提唱した。SECIは四つのプロセスからなる。SはSocialization (共同化) ― 身体や五感を駆使して生きた暗黙知を獲得し、同じ経験をした者の間で共有。EはExternalization(表出化)― 暗黙知を理解しやすい形式知に変換するプロセス。CはCombination(連結化)― 他の形式知と組み合わせて体系化し、文書やデータベース、理論モデルなど誰もが利用可能な形態に加工するプロセス。IはInternalization(内面化)― 新たな設計を基に行動を起こし、具体的な製品やサービス、技術として市場に投入するプロセス。このプロセスで個人が新たな暗黙知を体得すると同時に、製品を媒介にした顧客との相互作用が触発され、再び共同化(S)につながる。

SECIとは、この四つのプロセスを無限に繰り返す営みだ。そしてこれをスパイラルに回してアップさせると知の創造ができる。野中は「知の創造とは絶えざる“自己超越プロセス”なのである」と言っている。(日経産業新聞、2002年12月13日参照)

「場」の理論
E-mailからe-mailで形式知が生まれることはある。しかし「形式知」⇔「暗黙知」では大きく変化する。これを「場の理論」とよんでいる。「場」とは時間、空間、場所などだが、「場」を英語でどう表現したいいか?「Occasion」とか「Opportunity」という意見がでたが、「Occasion」という訳はいいかもしれない。

今のところはそのまま“BA”としているが、米国人は発音を延ばして、しかも巻き舌なので、“BAR”になってしまう(爆笑)。野中によると「場」とは、相互に浸透可能な境界を持ち、多面的な知識・視点を持った人々による対話が促され、独自に意図・方向性・使命、命題の創造が行われる関係性である。






「シマノ」のケース
MBIといったら、ケース・スタディ。本日は関西の企業、シマノを取り上げたい。シマノについては日経の「私の履歴書」に載ったので、ご記憶の方も多いだろう。この会社は自転車の部品しか作っていない。シマノの部品はレーサーが使う70%の世界シェア、マウンテンバイクでは実に80%だ。そして売り上げの90%が海外という会社。

ランス・アームストロングは自転車レースの国際大会であるトウール・ド・フランスで7年連続優勝した。この人はシマノしか使わない。シマノの前身である島野鉄工所は、1921年に大阪の堺で、島野庄三郎氏によって創業された。今は3代目のオーナー社長、島野敬三氏である。

日本は欧米の経営学とは違う。欧米では「企業は情報処理機械 (Information Processing Paradigm)」としている。情報処理上では7桁が処理しやすい上限だそうで、電話番号もそうなっている。これは人間が情報を短期間に処理する能力には限界があるという理論で、ハーバート・サイモンの理論を応用している。欧米では、企業はそういうものと教えている。しかし、野中は企業を「生命体(living organism)」として捉えている。「企業とは何か?」と考えたとき、私はやはり野中説をとりたい。

シマノのミッションは「…心豊かに解き放ち、….心躍る製品を作る・・・、人と自然のふれあいの中で、新しい価値を創造し、健康と喜びに貢献する・・・」である。シマノは「暗黙知」に対して貪欲で、例えば14年前に女性用のエルペダルを開発したとき、(創業者の次男で当時3代目)社長の敬三さんはわざわざスカートをはいた。靴も26 cmのハイヒールでペダルをこいだ。股が開くというので、ゴムで脚をとめてペダルをこいでみた。

このように「暗黙知」から入っている。トップが率先してやってみるという社風である。後で敬三社長が残念がったことは「だれも女性の格好をしてペダルこいでいる自分の写真を撮らなかったこと」(笑)。

マウンテンバイクでも、カリフォルニアのマウント・タマルパイスが発祥の地である。普通のタイヤやブレーキではマウンテンバイクには対応できない。それで敬三さんが見に行った。朝、日本からの国際便で着いたばかりなのに、背広姿でこのマント・タマルパイスに見に行った。バイカーが生死をかけながら、空を飛んでいるのを見た。自分も背広姿でマウンテンバイクに乗ってみた。戻ったらドロンコになっていた。トップ自らがやってみないと信じない。この感覚を重視している。これはまさに暗黙知だ。

一人一人に宿るものをプロジェクトにする。シマノでは中村さんという人が米国に張り付いていた。ミドル・マネジャーをレーシングチームと一緒に1カ月間生活させた。当時はファクスはなかったので、カーボン複写の手紙を毎週書いた。1部はチームに行き、1部は社長に行った。社長はこれを全役員に配り、社員と分かち合った。「暗黙知」を「形式知」にしたのである。一人の「知」を会社内の「知」にしている。これで次に開発するときにワン・ロッチ上がっている。

シマノが米国に進出したときは、相手にされなかった。当時は日本製品の質はまだまだで、日産のクルマはサンフランシスコの坂を上れなかった。ニューヨークでは朝、エンジンがかからなかった。エンジンが凍っていた。1950年代は日本製品はlow qualityだった。

こういうこともあった。シマノは二人一組を北米に派遣した。米国の北、中央、南と三チームに分け、6カ月かけてキャラバンですべての自転車屋を回った。そこで自分たちのパーツを見せた。これが終わったとき、いろいろなノウハウが蓄積された。

例えば米国では自転車は(その当時でも)遊び道具に使っていることがわかった。それで変速クラッチにクリックするとカチンと音がするものを入れた。これは自動車の感覚である。これは大ヒットになった。今も自転車のロードレースでボランティアのような人や交通整理の人がいる。しかし、実際は全員がシマノの社員。レースの時にどういう扱いをしているかみてくるのが仕事。だから彼らはあんまり熱心に掃除はしていない(爆笑)。

知識としてトップ・マネジメント ⇒ ミドル ⇒ 現場という流れがあるが、理想は “ミドル・アップ・ダウン”でまわすのがいい(ミドルが中心となってミックスするのが役割)。シマノはこのようなやり方で海外に人を送っている。ある社員もヨーロッパで結婚するつもりで行けといわれ、結局18年いた。このように、シマノはミドルの活用がうまい。米国ではミドルは“dead wood”とか言われていている。トップ・ダウンが強くなると本社が強くなり、現場が分からなくなる。

シマノは外部からどうやって「知」を学んだのか?バイヤーチェーンを活用した。更に著名なレーサーのランス・アームストロングに焦点を絞った。また冷鍛(cold forging)を大阪大学と組んでやっている。堺は貿易で栄えたが、刀、鉄砲を作っていたところだ。堺ではこの技術もあった。シマノは外部から知を盗むのが上手かった。92年には社内公用語の英語にした。





企業のミッション、ビジョン、バリュー
会社は何のためにあるのか、どこに向かうのか、どんな世界に住みたいのか、なぜそれをするのか、が問われている。最後にミッション、ビジョン、バリューの話で締めたい。ミッションは「何のために存在するか」「なぜそれをやるのか」という問いに答えるもの。ビジョンは「10年後、いや50年後どうありたいのか」、バリューは「社内で共有されている大切な価値観は何か」である。

ミッション
メディア会社に変貌する前のウォルト・ディズニー社は、ハッキリとしたミッションを持っていた。「普遍的な、時間を越えた家族的テンターテインメントを創造する」ことがミッションであった。創業者のウォルトは、家庭生活の重要性を強く信じ、家族が共に楽しめる経験を生み出すことに常に心掛けていた。これを駄目にしたのは「20% growth rule」を作ったアイズナーである。そのためtop lineを伸ばすことが使命になってしまった。

マッキンゼーのミッションはマービン・バウアーが書いた。「To help our clients make distinctive, lasting, and substantial improvements in their performance and to build a great firm that is able to attract, develop, excite, and retain exceptional people」である。バウアーは2年前(2003年1月)に99歳で亡くなった。

ビジョン
「何年か先には、あるいは理想がかなえられたら、われわれはこうありたい、こうなりたい」というのがビジョンである。また、ビジョンを「夢」としてとらえる向きもある。その代表的な例をマーチン・ルーサー・キング牧師が行った1963年の演説にみることができる。彼は「自由の鐘が鳴り響く世界」を構成に残したいと考えていた。その夢を子供のメタファーを使いながら訴える。

(Martin Luther King, Jr.の1963年8月28日Washington DCのLincoln Memorialでの”I have a dream.”演説から抜粋)。
 
“I have a dream that one day this nation will rise up and live out the true meaning of its creed … I have a dream that one day on the red hills of Georgia the sons of former slaves and the sons of former slave owners will be able to sit down together at a table of brotherhood. I have a dream that one day even the state of Mississippi, a desert state, sweltering with the heat of injustice and oppression, will be transformed into an oasis of freedom and justice. I have a dream that my four children will one day live in a nation where they will not be judged by the color of their skin but by the content of their character. I have a dream today. I have a dream that one day the state of Alabama, whose governor's lips are presently dripping with the words of interposition and nullification, will be transformed into a situation where little black boys and black girls will be able to join hands with little white boys and white girls and walk together as sisters and brothers. I have a dream today. I have a dream that one day every valley shall be exalted, every hill and mountain shall be made low, the rough places will be made plain, and the crooked places will be made straight, and the glory of the Lord shall be revealed, and all flesh shall see it together. … Land where my fathers died, land of the pilgrim's pride, from every mountainside, let freedom ring…. So let freedom ring from the prodigious hilltops of New Hampshire. Let freedom ring from the mighty mountains of New York. Let freedom ring from the heightening Alleghenies of Pennsylvania! Let freedom ring from the snowcapped Rockies of Colorado! Let freedom ring from the curvaceous peaks of California! But not only that; let freedom ring from Stone Mountain of Georgia! Let freedom ring from Lookout Mountain of Tennessee! Let freedom ring from every hill and every molehill of Mississippi. From every mountainside, let freedom ring. When we let freedom ring, when we let it ring from every village and every hamlet, from every state and every city, we will be able to speed up that day when all of God's children, black men and white men, Jews and Gentiles, Protestants and Catholics, will be able to join hands and sing in the words of the old Negro spiritual, "Free at last! free at last! thank God Almighty, we are free at last!" (注:http://www.mecca.org/~crights/dream.htmlから引用)

この演説は国を動かした。今聞いても鳥肌が立つ。スピーチではメタファーとして子供を上記の抜粋だけでも4回使っている。映画のレイ・チャールズの話にもあるように、レイはシカゴにバスに乗ろうとしたが黒人ということで乗せてくれなかった。戦争に従軍し失明した、と嘘を言ったら、バスに乗せてくれた。しかし乗ったところはバスの最後尾の“For Colored People”という場所だった。これが当時の人種差別の現状だった。

バリュー
ここで言うバリューは、株主価値のバリューではなく、価値観(Values)や信条(Credo)のことである。「われわれが社内で共有している大切な価値観・信条は何なのか」という問いに対しての解がバリューである。


最後に
ICSのmission statementは日本にワールドクラスのビジネス・スクールをつくることにあった。「成果物」としては、一つは本や論文、ケース。しかも英語で出す。ケースはシマノ、オリックス、ファーストリテーリングなど。もう一つの「成果物」は学生。学生を商品とみている。バイヤーは企業。ビーフに例えれば、100 g 400円のものを、ビールを飲まして、マッサージをして、100 g 2,000円という価値にするもの。従って学生はカスタマーではなく、プロダクトである。

IBMはサム・パルミサノCEOの下でBeliefsを新しく書き換えて会社を変えた。結果としてPCは不要ということで売却した。スターバックスは中興の祖であるハワード・シュルツが“Safe harbor for people to go”(安心して行ける避難所を提供する)というコンセプトを持っている。ドトールとは大違いだ。ドトールでは読書禁止、ノート写し禁止とある。

個人の想い、企業の想いというけれど、最終的には個人である。MBIには657名の人がいる。このネットワークは大変な財産である。しかもMBIはセルフ・オーガナイズしているところがすごい。これからも経験をシェアする「場」として大いに発展させて欲しい。(盛大な拍手)




講演の後、参加者全員で記念撮影を行いました。







< 懇親会 >
写真撮影の後、MBI同窓会会長の辻村寛さん(17期)による乾杯で、昼食・懇親会がスタート。



<MBI同窓会会長・挨拶>
MBIには657名のOBの方がいる。同窓会会長は1年任期であり、今年は17期の私がやらせていただいている。30期まで続けるとあと14年ある。30期が最後となる2018年まで案内や各種イベントのサポートを行い、MBI同窓会が続けられるようにしたい。

資金的な面ではMBIの同窓会の皆さんに2009年度まで会費を徴収し、その時点で会員である方を永久会員とする。計算上は2010年以降の会費を集めなくてもやっていけるからだ。

MBIには既に脱会された方や、年会費未納の方もいる。そういう人にもまだ戻っていただけるような会にしたい。脱会された方や会費未納の方にも、これまでの会費を納めなくてもMBI同窓会では受け入れる方針にしている。これによってMBIの活動をさらに盛り上げて行きたい。



乾杯を合図に、昼食・懇親会が始まりました。
ブッフェスタイルの料理とビール、赤白のワイン、(吉野さんから差し入れの)スコッチが出され、皆さん楽しく歓談いたしました。





















竹内先生の誕生日のケーキも出されました。先生は翌日の10月16日に59歳になられたとのことです。







< クイズの正解発表と成績優秀者表彰 >
吉野さん(18期)からクイズの正解発表があり、引き続き成績優秀者の表彰が行なわれました。優勝は2期の飯田道夫さん、2位は川勝さんの奥様、3位は14期の川勝一明さんでした。入賞の皆さんに信楽焼きの狸がプレゼントされました。

出題した吉野さんからは、「クイズの中の数字は正確なものを出しました」とのことで、「考えてみれば、出題した本人はクイズには参加できないのですよね。ちょっと残念」(爆笑)というコメントでした。




優勝の飯田道雄さん(2期)




2位は川勝さんの奥様(2期)




特別賞として、なんと20名も参加された8期にプレゼントが贈られました。






< 終りに、関西MBI新会長の川勝一明さん(14期)による閉会の挨拶がありました。 >
MBIには657名のOBがいるが、関西ではMBI会員はそれ程多くない。関西では開かれたMBIを目指している。史跡めぐりやゴルフ、講演会を行っているが、これまでいろいろな活動に参加されなかった方々にも参加を呼びかけて行きたい。

関西MBIでは会員から推薦された方の参加もOKとしている。次の世代の方にもどんどん参加して欲しい。今後とも開かれた関西MBIでMBIの感動・興奮を分かちあっていきたい。


この後、船は15時15分に大津港に戻り、解散となりました。
末筆ですが、MBI関西支部を今後とも宜しくお願いいたします。


報告者: 山内 眞也(29期)
HP編集: 伴野 国三郎(27期)


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