[ 第5回関西MBI史跡ハイキング : 明日香路−巨石群の謎を巡る。]
(2003/11/09)



2003年11月9日(日)、今日は久しぶりのMBIハイキング、明日香に行くというのに、あいにくの空模様である。降るなよ、と願っていたが、出かける頃にポツポツと降り出してきた。MBIで習ったマーフィーの法則そのものである。駅につくとTさんがいた。「やあ、おはよう、今日は降るかな。南の方は晴れてるといいんだけど。」「どうも低気圧は北のほうをとおるらしいですよ。だから大丈夫だと思いますよ。」のんきなTさんと楽天家の私が話をすると、雨なんか絶対に降らないという結論しか出てこない。電車に乗っていると携帯電話が鳴った。「もしもし、あ、iさん、おはようございます。ええ、とにかく行ってみましょう。じゃあ、京都駅で。」皆さん、天候が心配なようだ。京都駅でiさんと合流して近鉄急行に乗った。車窓から外を眺めるが雨は一向にやむ気配がない。うーん、これはだめかな、内心そう思って外の景色を見ていると、橿原神宮駅では、なんと雨がやんでいた。

やがて電車は飛鳥駅に到着した。雨がやんだと思ったのもつかの間、飛鳥駅に着いた途端、またポツ、ポツと降り始めた。改札を出るとKさんが待っていた。かなり早くこられたようだ。「おはようございます。ああ、明日香のあたりは午後から曇り一時雨の予報でしたよ。たぶん大丈夫でしょう。」MBIには楽天家がそろっているのだろうか?そうはいうものの、現実に雨は降り始めており、そうそうに出発することにした。飛鳥の駅を出るとすぐに稲刈りを終えた田畑が広がっていた。駅から高松塚は近い。霧に煙るのどかな田園風景を歩いていくと、程なく高松塚古墳という標識が右を指していた。

明日香路


「いい景色ですねえ。ここに都があったなんて。」 Kさんが雨を気にする様子もなく感嘆したように声をあげた。なるほど、ここは日本発祥の地なのだ。 「とぶとり、と書いて、あすかとは読めませんよね。」 iさんが聞いてきた。 「ええ、飛ぶ鳥というのは、あすかにかかる枕詞なんです。それで、飛鳥と書いてあすかと読ませるようになったんでしょう。」 私が答えて、地名の話でひとしきり盛り上がった。


明日香路を行く


野道を歩いていくと、高松塚壁画館は駅からすぐである。高松塚の石室と壁画を再現したレプリカであるが、非常に精巧なもので、模造とは思えない迫力がある。Tさんがデジカメで壁画を撮影している。入口のところに「撮影はご遠慮ください」と書いてあったが、係員の人がとがめる様子もなく、どうぞ勝手にお撮りくださいという感じで鷹揚なものだ。壁画館を出ると隣に本物の高松塚があった。木の根から水が入って壁画に黴が生えたとかで、墳丘が丸坊主になってシートをかぶせられていた。こうなると古墳というより、シェルターか防空壕のようである。古墳の横手を通って裏側に出、いったん、駅の近くまで戻って石舞台を目指すのが今日のコースのようだ。案内役のYさんが先に歩いて行く。石舞台古墳と書いた道路標識が逆の方向を向いているのを見て、iさんが慌てだした。「なんだか逆の方向に歩いているみたいだね。」「ああ、そうですよ。でもこちらを通らないと明日香の巨石は見れないんですよ。」 Yさんは落ち着いたものである。


高松塚壁画館1



高松塚壁画館2



高松塚壁画館3


駅の手前まで戻り、細い道を右に折れてしばらく歩くと、行く手に周囲を池に囲まれた森が見えてきた。欽明天皇陵、巨大な前方後円墳である。どうも本物の欽明陵は、少し北にある見瀬丸山古墳という奈良最大の前方後円墳というのが考古学の定説になりつつあるようで、そうだとすると、この古墳の被葬者は誰なのだろうか。こんなことを考え出すと、明日香では一日がつぶれてしまうので、先を急ぐことにした。欽明陵の手前を左に曲がると、吉備媛命の陵がある。陵の前に鉄扉があり、その向こう側に石像が4つおいてある。猿石といわれていたらしいが、猿というより怪異な容貌の人間で、最近のガイドブックでは、「石人像」となっている。

「この像は胡人(ペルシア人)という説もありますね。」  私がそういうと、Kさんが納得した。 「ああ、そうですね。なるほど胡人の顔ですね。胡人というのは古代ではいわゆる傭兵だったんですよね。」  遠い古代に、シルクロードを旅してきた胡人たちの姿を想像すると、石像が急に立派なものに思えてきた。

 吉備媛命陵から欽明天皇陵の横を通り、野道を歩いていくと、鬼の雪隠(せっちん)という名の巨石が右手下にあった。雪隠という言葉は洋式トイレが普及した現在では死語になりつつある。跨ぐには10メートルぐらいの身長が要るかな、と余計なことを考えてしまった。鬼の雪隠は、古墳の石室が露出して上部が上から落ちてきたものらしい。その証拠に反対側の山手を少し登ったところに、鬼の俎板(まないた)というこれも巨大な石板があった。 「ころがっていったのは台風が原因でしょうか?」 「いやいや、地震でしょう、南海大地震みたいな。」 議論百出で、巨石をネタに想像を膨らませると、いつまででも話していられそうである。


鬼の雪隠



鬼の俎板


鬼の俎板をあとにして野道を歩いていくと、たわわに実った柿畑があった。柿はこのあたりの名産で、あちこちにある。史跡と赤く実った柿、紅葉、この取り合わせが、奈良の風物詩のひとつになっている。道端にある学校も「聖徳中学校」という名前である。このあたりは、なにを見ても歴史を感じさせる土地である。しばらく歩いていくと、また、巨大な石があった。亀石である。亀のようでもあり、そうでないようにも見える不思議な石である。亀だとすると甲羅が高く、日本にはいないゾウガメである。これも南アジアや中東からきた人が作ったものかもしれない。


亀石


聖徳太子が仏法の講話をしたという伝説の橘寺は、拝観料の金額を見ただけで通り過ぎ、飛鳥川に沿って遡っていく。下流ではただの貧弱な小川にしか思えないが、このあたりは谷川の雰囲気があり、なかなかのものである。

橘寺


川にかかる橋を渡ると、ほどなく石舞台についた。石舞台周辺は公園になっていて、たくさんの人が雨宿りしながら弁当を食べていた。Yさんは、それを横目に見ながら通り過ぎていく。あれ、昼食はどこで食べるんだろう、そう思っていると、舗装路を横切ったところに小さいけれど立派な休憩所があった。

石舞台公園を行く


「みんな、ここまでは来ないんですよね。」さすがに、明日香を庭のように熟知しておられるYさんである。ベンチに腰をかけて昼食をとることにした。休憩所には野良猫が一匹いて、えさをくれとでも言っているのだろうか?ひっきりなしにミャーミャーと鳴いている。Yさんの方に向かって、お座りして尻尾を振っている様は、まるで犬のようだ。そのうち、私の方にやってきた。できるだけ知らん顔をしていることにする。となりで食べていたTさんが、猫に驚いたのか、ごぼうサラダを床に落した。すかさず猫が食べに行くが、ドレッシングだけをなめて、ごぼうを残している。これじゃ猫も糖尿病になるぞ、と余計な心配をしてしまった。結局、Tさんとiさんが猫の食べ残しを掃除された。

 昼食が終わって、石舞台古墳を見に行くことにした。入園料250円、え、また値上がりしている?世の中はデフレというのに、名所旧跡の拝観はインフレである。もちろん、払ったお金が史跡の保存に役立つのなら、それはそれでかまわないのだが。「石室に入ってみますか?」私がそういうと、Kさんが驚いたようだ。「え、入れるの?」「とにかく入ってみましょう。」そういって石段を下り、石室にはいった。相変わらず、内部は広い。雨なので誰もいないだろうと思っていたら、いつものようにボランティアの説明員の方が待ち構えていた。たんなる観光ガイドではなく、石室をどうやって作ったか、日本書紀やその他の文献から被葬者をどうして特定したかを説明してくださり、なかなか興味深かった。


石舞台


天井石は、74トンとも77トンとも言われ、これだけの土木工事が1400年前に行われたことは驚きである。被葬者は蘇我馬子というのが定説になっており、蘇我馬子をこのあたりの地名である「嶋大臣」ということ、蘇我宗家滅亡の時に刑罰として暴かれた可能性があること、などが根拠となっている。それにしてもこの大きさは当時の天皇陵をはるかにしのいでおり、もしこれが馬子の墓なら、蘇我氏の権力の強大さが窺い知れる。学者によっては、「蘇我氏は実は大王家だったのではないか?」という人もいるぐらいである。


石舞台にて記念撮影1



石舞台にて記念撮影2


石舞台で記念撮影をしてから、飛鳥寺を目指して北の方に歩いていく。この頃には、ポツポツだった雨がシトシトになってきた。明日香の村の中を歩いていくと、キンツバを売っている店が目に入った。Tさんと私は、どちらからともなく顔を見合わせて「買おうか?」「買いましょうか?」ということになった。小豆餡を買って歩きながら食べていると、同行の皆さんは、こちらを見て、あきれている。いい歳をして少々恥ずかしくなった。

酒船石は、道の右手、天理教会の横手から、坂を5分ほど登ったところにある。以前は、登るのが大変だったが、飛鳥歴史公園として整備され、いい道ができている。この石も用途不明の巨石で、酒を作ったという伝承から名がついているが、たぶん違うだろう。こんな坂の上でわざわざ酒を作る必要はどこにもない。なにかの神事に使われたとみるのが妥当だろう。この石は両側が切りとられていて、それが余計に謎めいたものにしている。


酒船石


酒船石を反対側に降りたところに、新たに出土した亀の形をした石の水路がある。精巧な石細工で、これまでの巨石とは少し趣が異なる。入り口に立つと「入園料300円」というのが目に入った。これはやめておこう、ということになり、向かいの明日香資料館に入ることにした。入ると亀形の石像物の説明をビデオで放映していた。この立派な資料館が不思議なことに無料である。明日香では歴史のあるものに価値があるということをあらためて感じた。

 雨が相変わらず降る中、村中の舗装路を歩いていくと、飛鳥寺に着いた。飛鳥寺は日本初の仏教寺院で、蘇我氏によって建立された当時は法興寺、奈良時代に平城京に移された後は、元興寺という名称になった。といって法興寺が廃止されたわけではなかったようだ。創建当時は、壮大な伽藍だったようだが、現在は江戸時代に再建された安居院というお堂が残っているに過ぎない。拝観料300円を払って入ろうとすると、Kさんが私に尋ねてきた。
「以前に行った奈良町の元興寺は、元はこのお寺なんですか?」
「ええ、そうです。平城京遷都の際に、元興寺と名前を変えて移されたといわれています。」
 本堂に入ると、本尊の釈迦如来像が中央にある。日本最古の仏像ではあるが、度重なる火災で、何度も修理されて見るも無残な姿になっている。創建当時の姿は、顔の上半分と右手指しか残っていないらしい。そう、私がKさんやTさんに説明していると、寺の人がむきになって、「焼けたのはたしかやけど、外側が溶けただけで、全体は飛鳥時代のものが残っているんでっせ。」と反論してきた。しかし、何度も接いだ痕は鋳造が何度か行われたことを示しており、顔の上半分と胴体では、明らかに作風が違っている。お寺の人がそう思いたい気持ちはわかるが、実際はやはり接いであるのだろう。特に顔がつぎはぎで、凄まじい形相である。

飛鳥寺の釈迦如来像


外に出ると、雨はだんだん強くなってきていた。Kさんは、入鹿の首塚を見にいったようだ。この塚は、室町時代のもので、小さな五輪塔である。もとより、その場所に蘇我入鹿が埋葬されたわけではなく、大化の改新の時に入鹿が首をはねられた場所と言われている。飛鳥寺を出て、雨の中、傘を指しながら黙々と歩いた。晴天なら、飛鳥坐神社など、行きたい場所はいくつもあるが、この雨では仕方がない。飛鳥川をはさんで甘樫丘の対岸にある雷丘は、意外に小さい。「大王は神にしませば雨雲のいかづちのうえに庵せるかも」と詠まれたイメージはなく、小さな子供でも登れそうな大きさである。

甘樫丘に登るのはやめて、先を急ぐことにした。少し行くと豊浦寺址がある。甘樫丘や豊浦は蘇我氏の本拠地があった場所である。多くの宮跡より北側にあり、小高くなっている一等地で、石舞台古墳といい、古代における本当の支配者は蘇我氏だったのではないか、そんな想像をめぐらせてしまう。豊浦寺前の小さな堀を見ていると、Yさんが説明してくれた。「物部氏との宗教戦争の時、仏像が投げ込まれた場所は、ここだといわれているんですよ。」
それにしては小さすぎる。伝説というのは、万事が大げさなものかも知れない。

このあたりまでくると、さすがに足が棒のようになってきた。行く手に畝傍山が見えている。あと少しで橿原神宮だと思って、必死であるく。孝元天皇陵の横にある剣池を通り過ぎて、やっとのことで橿原神宮駅に着いた。やれやれ、と思っていたのもつかの間、Yさんが「ここまできたのだから、橿原神宮にお参りしていきますか?」と言い出した。ええ、遠慮しておきたいな、そう思ったが、皆、歩き始めたので、後ろからついていった。
橿原神宮はさすがに広い。本殿の前の広場はいったいどれくらいあるんだろう。ちょうど、菊の展示会をしていたが、こちらは足が疲れていて、そんな余裕はない。お参りして、早々に引き返すことにした。後で調べたところでは、本殿は京都御所の一部を移築したものらしい。「本殿の奥には、神武天皇陵があるんでしょうね?」そう訊ねたが、誰も確信はないようであった。帰ってから地図を見て驚いた。本殿の奥にあるのは、第四代のイ徳天皇陵、その後ろに第三代の安寧天皇陵があり、橿原神宮で参拝すると、間接的に、これらの天皇陵を拝むことになる。これはいったいどういうことだろうか?

参拝した後、広い参道をたどって、やっとのことで橿原神宮駅までたどり着いた。
「2万3000歩ですね。」誰かが言った。
いつもは1万5千歩程度である。それだけ歩いたら足が痛くなるはずだ。
「雨模様で、却って風情があってよかったですね。」
Kさんがそう言われた。
確かに、霧雨に煙る明日香の地は、そこから古代人が出てきても不思議ではない神秘的な雰囲気であった。
今日、たどった道は、明日香のほんの一部に過ぎない。
機会があれば、また来たいと思いながら、帰宅の途についた。

「完」


参加者(50音順、敬称略)
飯村
川勝
伴野
成田(夫妻)
山崎(夫妻)
吉野


報告者 吉野
HP編集 伴野


[マル知ネット・トップページ] [関西イベント・トップページ]