「桑原節雄さんのロシア訪問記」

桑原 節雄(4期)

小生2006年9月にロシアに行ってきました。
私の学生時代、特に京大ではマルクス経済花盛りでした。
それだけに他の国への旅行とは違った関心がありました。
駆け足かつ団体旅行でロシアを語るにはおこがましいですが、
マルクス経済を論じ合った友人達と青春を回顧するために記したものです。


訪問地
サンクトペテルブルグ、モスクワ、
モスクワ郊外の古都(ウラジミール、スズダリ、セルギエフ・ポサード)
期間: 2006年9月2日〜9日

わくわくスタート
エルミタージュ美術館―そこにある絵もさることながら、建物自体が著名。
ガイドブックで見る玉ねぎを頭に乗せたマンガティックな教会。
それに革命発祥地だ。赤い広場、クレムリンはどんなところだろう。
著しい成長国だ。わくわくしながらスタートした。

驚きの始まり
驚きの第1号。
ロシアに向かう韓国航空の機内で入国申請書を渡された。
驚いたことにロシア語ですべて書かれている。
何をどこに書くのか見当もつかない。
ガイドブックと添乗員の助言で記入した。
これがロシア風サービスかと驚いた。
ロシア語がわからない奴は馬鹿だと思っているのかもしれない。
私には私の記入が正しいのかどうか確認する術もない。

ホテルにカジノあり
やっとホテルに到着。
ロビーは殺風景でがらんとして薄暗い。
ズーっと昔の中国を思い出した。
薄暗いホテルロビーの奥が明るい。
何事かと思って行ってみるとカジノであった。
ラスベガスのきらびやかさ豪華さには比べようもないが、
カジノの設備が並び客もはいっている。
カジノはモスクワのホテルにもあり、クレムリン近くでもみかけた。
カジノの導入は、中国より早い。

3日かかったパスポートチェック
ガイド曰く
「外出時には必ずパスポートを持参下さい。持っていないと厄介なことになります」
これを聞いてなんとなく緊張感が走る。
やはりロシアの警察は怖そうだ。
重ねてガイド曰く
「ホテルでパスポートをチェックします。手続きに時間がかかるので明朝返却します」
ところが翌朝「まだ手続きが完了していません」とのこと。
やっと3日目に戻ってきた。
担保として抑えていたのか事務がのろいのか、真相はわからない。
それにしても団体旅行は気が楽だ。
パスポートを持参せず観光を楽しめた。

能面の人 ガードマン
モスクワのホテルでは、チェックイン時にカードが渡された。
それを持って自分の階に行き、
そこのカウンターでカードと交換に鍵を受け取る仕組みになっていた。
ここのおばさんに習いたてのロシア語で、
「オハヨウ、コンニチワ、アリガトウ」
と声をかけるのだが、にこりともしない。
ガイドに言わせれば、
ロシア人はウオッカを飲みジョークを飛ばしあうのが好きなそうだ。
ウオッカがないからか、
外で笑顔を見せてはいけないことになっているのか、
とにかく能面に向かっているようだ。

同じモスクワのホテル。
エレベーターホールに屈強な人が立っていた。
分厚い胸、がっしりした体つき、あちこちに目を走らせている。
制服はきていないが
明らかに鍛え抜かれたガードマンだ。
自分が守られていると思えば有難いことだが、
どうしてこんなガードマンが必要か
と考えると落ちつかない。

優れたデザインと施工水準
泊まったホテルの風呂、
洗面所のタイル・小物の色・デザインは素敵であった。
他の国では見たことがないセンスがこもっている。
そして、さらに感心したのは、
隅々まできちっと仕上げている工事施工の完璧さだ。
高級ホテルでも、
デザイン先行、仕上がりガタガタという国が多いが、
ロシア人は、相当木目の細かい人種のようだ。

民芸品
バレー、文学、音楽・・・と文化華やかな地だが
不思議と民芸品は少ない。
それにこの器用さ(或いは几帳面さ)を考えると
民芸品の少なさは不思議の一語に尽きる。
極端に言えば、
ロシアにあるのはマトリョーシカという「こけし」のような人形だけ。
ひとつの人形の中に同じ図柄の人形が複数入っている。
これも日本の「こけし」にヒントを得たという。

車の洪水
サンクトペテルブルグもモスクワも、車の洪水だ。
ロシアの道は広い。
片道3車線が普通だが、その道が夜の9時でも交通渋滞で動かない。
街中は、スペースがあるところは全て車で覆われている。
車道の1車線も車に占拠され、
もちろん歩道も絶好の駐車場になっている。

モスクワでは、車が3百万台あるという。
人口1200万人からみると1世帯に1台の車の普及だ。
型式が面白い。
日本では見られない弁当箱のような形の古い車があるかと思うと
最新の高級車が走っている。
地方へ行くと弁当箱車が中心となり、
都心にくると日欧の新しい高級車のオンパレードとなる。
感心するのは、
最新型から弁当箱まで修理出来る技術の裾野の広さ。
日本では、間違いなく修理不可能な車が走っている。
そして車が大切に扱われている。
へこんだり傷ついたりさびたままの車は滅多に見られない。
モスクワ人は別荘持ち
ガイド曰く
「モスクワ人は、皆別荘を持っています。週末は別荘に向かう車で大渋滞です」
共産政権が発足した頃、
食料不足対策として個人に農地を貸したそうだ。
今は食糧事情も良くなり
食料の補給場所が別荘に代わったとのことだった。
モスクワ住民の住まいは、高層アパート。
それも狭いようだ。
別荘がどの程度のものか知らないが、
週末の貴重な息抜きになっているようだ。

欧州指向
ロシア帝国の悲願は、欧州に追いつけ追い越せ。
そんな訳で、サンクトペテルブルグの町並みなは欧州そっくり。
宮殿もイタリアなどから人を呼んでつくらせている。
それにしても宮殿の多いところだ。
夏の宮殿、冬の宮殿、恋人に贈った宮殿、XXXの宮殿とやたらに多い。
あの有名なエルミタージュ美術館も元は宮殿。
その絵画類も欧州の著名な画家の絵を買い集めたもの。
よくこれだけ買えたものと感心。

玉ねぎ担いだ教会
教会は、たまねぎのような形を頭に乗せている。
実にマンガチックな建物である。
これは、トルコ・中近東の影響を受けたためとのこと。
ちなみにロシア正教は、イスタンブールから伝播した由。
教会の建物は、形は面白いしカラフルでカメラのシャッターが忙しい。
ところが教会の中は見るべきものがあまりない。
欧州の教会は、その内部の豪華さにも驚かされるが、
それとは大違いである。

スターリン・クラシック様式
なにやらニューヨークのエンパイヤステートビルによく似た建物がある。
そのひとつがモスクワ大学。
スターリン・クラシック様式というそうだ。
ニューヨークの摩天楼にコンプレックスをもった
スターリンの命令で建築された建物群だ。
モスクワ大学は、大学というから広いキャンパスを想定していたが、
すべてが(寮まで含めて)ひとつの建物に収まっている。

歴史の皮肉
ロシアの観光スポットの著名なところは、
ロシア帝国の遺産と教会。
観光コースにモスクワの「赤い広場」「クレムリン」が含まれている。
ところが共産主義政権のメッカかと思っていた「赤い広場」は、
古代スラブ語で「美しい広場」の意味だそうだ。
モスクワの赤い広場(写真1)は、
左が百貨店、突き当りが教会、右がレーニン廟。
「クレムリン」は、城砦を意味してあちこちの町にある。
モスクワのクレムリンにある名所も、教会、ロシア帝国の遺産。
かって共産党大会や中央委員会総会が開かれた建物も
いまや国際会議、オペラ・バレーの劇場に変身。
共産主義が敵視したものが、今観光客を引き寄せる梃子となっているとは、
歴史というのは皮肉なものだ。



モスクワの赤い広場(写真1)


革命の余燼
モスクワの地下鉄がみたいと頼んで、寄り道をしてもらった。
バスが駐車したのが革命広場。
ここで革命の火の手があがったのだそうだ。
ここにはマルクスの銅像が立っていた。(写真2)
地下鉄のホームに素晴らしい銅像・レリーフがあった。
農民・炭鉱夫・兵士・・・。
革命時の雰囲気が躍動感を持って伝わってくる。
クレムリン近くでガイドがある建物を指して曰く
「呪われた建物」
壁に粛清され名誉回復した人々の名前が彫ってあった。
随分沢山の人が粛清されたものだ。



モスクワ 革命広場にたつマルクス(写真2)


モスクワ飛行場
最後のパンチがモスクワ空港だ。
これが首都の玄関かと驚いた。
狭い、サービス精神ゼロ。
暗い。笑顔など遠い昔に忘れた人々のようだ。
チェックインカウンターでは、
隣の人としゃべりながら、客の相手をしてくれる。
時間のかかる出国審査を終えて中に入ると、
DUTY FREEショップ、欧州のブランドがずらりと並んでいる。
その間の狭い通路を抜けて待合室へ。
ところがここでも無愛想な方々の手荷物検査を受けねばならない。
しかも、長蛇の列。
待合室に入って、やれやれと安心したのもつかの間。
ここにはトイレがない。
トイレに行くためには、この部屋を出て
再度長蛇の列と無愛想な方々にチャレンジするしかない。
乗換えでソウルの飛行場に着いたとき、
天国に戻ったように感じた。

盗難予防ラッピングサービス
私の利用したのは、国際空港だからまだ良い方のようだ。
国内空港を利用した人の驚き。
飛行機に預ける旅行カバンの中身の盗難予防の有料サービスがあるそうだ。
金を払えば、
カバンにビニールシートをぐるぐる巻いてラッピングしてくれるのだそうだ。
私の知人は、「もちろん利用した」と胸をはっていた。

駅名
サンクトペテルブルグからモスクワへは、寝台列車に乗った。
サンクトペテルブルグの乗車駅はモスクワ駅、
到着したモスクワの駅名は、サンクトペテルブルグ駅。
自分の地名でなく
終点の地名を駅名とするのだそうだ。
(中間の駅はどう呼んでいるのか聞くのを失念した。)
これが出来るのはいろいろな路線が入る総合駅がないためである。
モスクワの駅は、路線毎に色々ある。
何故そうなったのか
これまた聞き忘れたが、不思議な仕組みだ。

各国からのプレゼント
ロシア帝国の宝物館(何故だか武器庫という)には、
各国からの贈り物がずらりとならんでいた。
展示されていないが、
日本の明治天皇からの贈り物もあるそうだ。
条約を結ぶ都度、贈り物を交換したという。
攻めたり攻められたりして手打ちの条約を結び、
贈り物を交換したのだろう。
双方が時をかえて攻め手になっているから
恨みっこなしで手を打てるのかもしれない。
日本と韓国や中国の関係は、
こちらが攻めただけで、攻められたことがない。
相打ちと出来ない関係だけに
事あるごとに火を噴きそうだ。

これからのロシア
ホテル空港売店――どこに行っても、
かっての中国を思い起こす。
何年か後に訪問してみると面白いかもしれない。
いったいロシアは大きいのか小さいのか。
国際政治の社会では、日本よりはるかに巨大だ。
領土もしかり。
日本の485倍という。
人口は、1億4千万人強と日本を若干上回る程度だ。
今は、石油で食っているにしか過ぎないロシアが
今後どうなっていくのだろう。

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