第13話 (10.28.2004)
「介護保険のこと」


10月26日付け、朝日新聞の「私の視点」というコラムに
私と同じALS患者である山田悟さんが投稿されていました。

私は山田さんの視点と全く同じです。

同コラムをお読みになった方もおられると思いますが、
以下に転記させていただきます。

「筋萎縮性側策硬化症(ALS)は、運動神経の障害で全身の
筋肉が萎縮し、手足をはじめ体が動かなくなる病である。
やがては話したり食べたりすることもできなくなる。
呼吸さえ困難になり、発症して3〜4年で寝たきりになり、
死亡するといわれる。

私はこの病を宣告されて7年目を迎える。
統計とは異なるが、病魔が絶え間なく私の体をむしばんでいる
ことに変わりはない。
今は腕を動かせず、指で物をつかめない。
従って食べ物を口に運べない、トイレに行けない、
電話にも出られない。
生活の全てを妻の介護に依存している。
それでも日中はまだいい。困るのは夜中だ。

呼吸がしやすいよう横向きで寝るが、2時間ほどで肩や脚が痛くなる。
だから妻に寝返りを打たせてもらう。
たんもよく出る。
妻は頼んだ時以外でも何度が様子をみてくれる。
彼女はぐっすり眠ることが出来ない。
介護保険を利用してヘルパーを頼むことも可能だ。
だが、妻は他人が夜間に家に入ることを嫌い、
『2人の今の時間を大切にしたい。あなたのために悔いのない、
精一杯の介護をしたい』と言ってくれる。

――――中略―――――

このような妻の献身に介護保険は適用されない。
同居家族が介護すればするほど、受益できるはずの権利を自ら
放棄することになる。

――――中略――――

介護保険制度の最大の問題は、
人間にとって基本的で大切な「愛」を家族からさえ切り離し、
すべての介護をカネに置き換えようとする側面があることだ。

介護を必要とする弱い立場の人たちが、
『商品』になっている現実がある。

厚生労働省は、
4年前に始まった介護保険制度の見直しを進めている。

―――中略――――

人間が本来もっている他者を思いやる心が失われている介護の現場に、
気づいていただきたい。

日本人が長らく育んできた、家族制度における家族の情愛を、
切り捨てないでほしい。
人間が生きる意味とは、介護とは、家族とは。
そして、お互いに支え、助け合う「共生」とは。

今こそ、置き去りにしてきた人間にとっての
本質的な問いに向き合うときではないか。」

山田さんは介護保険のあり方の本質をつかれていると思います。

以降に記述する内容は本質から離れるかも知れませんが、
山田さんの言われる、「患者が商品となっているのではないか」
との一例であります。

私の両足の自由が奪われて以来、
介護保険のお世話になることがあります。

その一つに福祉事業所より派遣される介護ヘルパーさんによる
患者の居住区域の掃除があります。
患者の寝室、風呂場などです。

この掃除代は一時間2,800円です。
介護保険を使うと、患者の負担はその一割の一時間280円ですが、
時間給2,800円は妥当な金額でしょうか?

今の世の中でパートの時間給は、掃除に限らず、
600〜1,000円というのが相場ではないかと思います。

問題はヘルパーさんに2,800円の代金が支払われるものではなく、
民間の福祉事業所へ支払われます。
ヘルパーさんへいくら支払われているかはわかりません。

この福祉事業所なるものは、わずかな資本で、収益性が高く、
リスクが少ないことから東京都だけで、
超2,800事業所が存在しているとのことです。

事業所経営を非難しているわけではありません。
患者が商品として扱われるような制度・仕組みの見直しが必須なのです。

年金のみならず、
介護保険にしても基金不足からサービスの削減とか
保険料の値上げ等に改革の目が注がれがちですが、
もっと足元の見直しが必要ではないかと思います。

健常者の時は全く気がつかなかった問題でした。

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