第21話 (3.6.2005)
「浅草 仲見世」


妻が日本総合書芸院に所属し、書道を勉強している関係から
浅草公会堂で開かれていた書道の展示会を見に行きました。

昔から習字は興味の対象外でした私にとって
書道の展示会に足を運ぶという発想は
全くありませんでした。

しかし、実際に書道の展示会に行き展示品を見ますと、
書というものがいかに奥が深いものか
ということが感覚的に伝わってきました。

習字が苦手な私ではありますが、
展示されている作品から受ける作品の印象は様々です。
全ての作品は
私にはとても書けないほど上手に書かれていますが、
受ける感じがそれぞれ異なります。
うまく表現できませんが、
書かれた字から受ける感じが違うのです。

書道展示会が浅草仲見世の近くの
浅草公会堂で開かれたこともあり、
帰途、浅草の仲見世に足をのばしました。
日曜日のせいでしょうが、
大勢の人々が仲見世通りを散策していました。

仲見世通りは
両側にいろいろなお店が林立していますが、
その中に「くじら」を食べさせるお店がありました。
「くじら」という看板に郷愁を覚えました。

というのは、
駅の傍に{くじら屋}というお店がありました。
当時、牛肉はとっても高価で私は食べたことがありません。

家で食べた肉は鳥か豚でした。
そこに「くじら」という
私にとっては新しい世界が登場したのです。

高校生というものは一般的に好奇心が強いものです。
私も例外ではありませんでした。

「くじら肉」を食べてみたい
という気持ちを抑えることはできませんでした。
しかし、「くじら肉」を食べるためのお金がありませんでした。
そこで「くじら肉」を食べる
費用の捻出を高校生なりに考えました。

私の高等学校は錦糸町から36番の都電で
「菊川二丁目」という場所まで行って、
そこから徒歩で1分くらいのところにありました。

当時の都電の乗車料金は行き先の遠近は問わず、
一乗車につき片道、17円、往復25円でした。
親から都電の運賃を貰い、
都電に乗らずに錦糸町から菊川二丁目まで歩くことにより
一日25円のお金を浮かす。
この浮かしたお金をで
「くじら肉」を友達と食べたものでした。

鳥と豚しか食べたことがない私にとって、
くじらの肉はなんとも言いがたい
美味しいものに感じたものでした。
その「くじら」が40年の空間を経て
目の前に現れたのです。

「車椅子」の生活となると、
外出は第三者の手助けも必要となることもあり、
気持ちの上で何かと億劫となりがちです。

この「億劫」と思う気持ちが
外に出る気持ちを抑制するものですが、
外に出で外界の空気を吸うことによって
気持ちがリフレッシュされ
「生」への活力が漲る「糧」になることは明らかです。

今後もが外出を心掛けたいと思います。

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