第24話 (4.4.2005)
「咽 喉 癌」


今日はチョット寂しい話です。

古い友人の病気見舞いに行ってきました。
私の古い友人。

某氏は喉に何かがひっかかるとの自覚症状から
慶応病院で入院検査をした結果、
第四期の末期咽喉癌との診断を受けました。
手術は手遅れで
放射線と抗がん剤の治療を受けています。

食道が14センチメートルにわたって癌に冒されており
食道にいくつも穴が開いている状態です。
従い、口からの飲食は一切禁止。
飲食物が食道の穴から体内へ流れ出てしまうからです。
体力の維持は点滴。

何故、末期症状になるまで自覚症状が無かったのか? 
私は不思議に思い
おもわず聞いてしまいました。

彼曰く、単身赴任を数年間やった時代に、
満足な食事を摂らず、
酒とつまみの食生活を毎日、
何年間も続けたそうです。
そのため、堅い物を口から入れたことが無く、
喉に引っかかるという症状を
全く感じなかったとのことです。

昨年末に
初めて喉に引っかかるという症状を感じましたが、
その時は、既に手遅れなほどに
食道が癌に冒されていたのです。

彼曰く、毎日毎日病院のベッドにいると退屈だが、
放射線治療は体力消耗が激しく、
治療後は何もする気が起らない。
放射線治療の無い、
土曜日・日曜日は気分的にリラックス出来る。
他の患者さんは朝・昼・晩、
三度の食事が出て、
それなりに一日の中でアクセントがあるが、
自分には食事は出ないのでアクセントが無い。

との話を聞いて返す言葉がみつかりませんでした。
彼は私が不治の病の
ALSに冒されていることを知っていますので、
「同病相哀れむ」の感覚から
彼の揺れ動く心の変化をも含めて
何でも話をしてくれます。

誰にでも、死は待っていますが、
健常者は私の経験に照らし、
死そのものと
真っ向から向き合ってはいないと思います。
彼にしても、私にしても
死に向き合わざるを得ません。
そんな者同士の会話は弾むわけがありません。

しかし、言いようの無い、
同士感的な無言の情の交換が醸し出され
互いにその場から離れがたい気持ちでした。  

病院から我が家に戻り、
夕食の食卓に向かった時、彼との比較において
私はまだまだ恵まれていると思いました。
私はお酒ですら限度を超えなければ飲めるのです。
健康に悪いと知りつつも
タバコもやめていません。

不自由ではありますが、外出も出来ます。
身体障害者用の特殊な車ですが
運転も出来ます。

人口呼吸器をつけざるを得なくなる日まで
毎日を大切に
生き生きと生活して行く気持ちを
新たにした一日でした。

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