第27話 (4.30.2005)
「拝啓 文部科学大臣殿」


今回もチョット堅い話です。

文部大臣、
世の中のお母さん方が子供さんに習わせたい
Top3をご存知ですか?
それは、
@英会話 Aピアノ B水泳
が某調査会社の報告です。

ピアノはともかくとして、
英会話と水泳は私も理解できます。
特に、英会話は、
Nova、ジオス 等を筆頭として
英会話教室が雨後の筍のように
日本全国に林立していることからも理解できます。

日本の英語教育は
中学校・高等学校と
大半の日本人が6年間受けています。
にもかかわらず
何故、英会話教室が日本全国に林立しているのでしょう?

答えは簡単です。
6年間の中・高の英語授業では
英会話が出来ないからです。
6年もの期間、
英語を習得したにもかかわらず
英会話が出来ない国民は
恐らく日本国民くらいでしょう。

何故できないのか?
これまた極めて簡単な理由です。
日本の英語教育は読み書き専門だからです。

日本国民は決して将来、
英字新聞を読みたい、
英語小説の執筆者になりたい
とは誰も思っていません。

それが証拠に
英会話教室が林立しているのです。

そうです。
日本国民は
読み書きを英語教育に求めているのではなく、
話す聞くの英会話を求めているのです。

にもかかわらず、戦後超50年、
日本の英語教育の方針が不変なのはなぜなのでしょうか?
何か特別な意味があればご教授ください。

私は昨年6月より
中学一年生であった男児を
ボランティアで英語を教えています。
彼らの教科書を見る限り、
50年前に私が中学生であった頃と
教育方針が全く変わっておりません。
また学校の試験方法の傾向も変わっておりません。

すなわち、
英単語をいかに正しく書けるか・
英文をいかに正しく日本語に訳せるか?
もしくは日本語をいかに正しいスペルで
英文を書くことが出来るか?
が主体となっています。

発音に関しては
100点満点中5〜10点のウエイトです。
英語に限らず、
語学は発音が基本であることは言うまでもありません。
正しい発音なくして、
聞き手に何を話しているのか?
また話し手が何を言っているのか?
の相互理解を得ることは不可能です。

前述のごとく、
英字新聞を読んだり、
英字小説家になることよりも
会話を望んでいる国民にとって
綴りは不要なのです。

【お早よう】を英語で、
どんな綴りを書くのかではなく、
【何と発音するか】
すなわち、
【何と言うか】
が重要なのです。

第三国の若者が
日本語を器用にあやつり
日本のレストランなどでバイトを
しているのをよく見かけます。
なんと彼らは
難しいとされている日本語会話を
1年程度で習得していると聞かされます。

勿論、日本語独特の【てにをは】の習得は十分ではなく
日本語そのものに違和感を覚えますが、
彼らが言わんとする意味は
汲み取ることが出来ます。

彼らの日本語会話教本を見て驚ろくのは、
その本には漢字は勿論、
平仮名さえ一文字も無いのです。
英語とローマ字だけです。

例えば、
【Good morning】の横に
【オハヨウゴザイマス】
とローマ字で書かれているのです。

すなわち、日本語の綴りは不要で
日本語で何と言うかに重点を置かれた
教材なのです。
英語の綴りを覚えることに、
どのくらいのエネルギーと時間を
日本の 中学生・高校生は費やしているのでしょうか?

そればかりではありません。

綴りを正しく覚えんが為に、
覚える単語をローマ字発音をしていませんか?
結果として
正しい発音をする妨げとなっているのです。

英単語をカタカナで教える手も一考かもしれません。

そうすれば綴りを覚えるエネルギーと時間で、
カタカナであれば5倍の単語の言い方を覚えられるでしょう。

更に言いますと、
受身型・to不定詞・関係代名詞・関係副詞
といったぶつ切りの教育は、
何の為に、それらを教わっているのかが不明です。
これらは単に言葉の形容の仕方なのだ
と言うことを明確にすべきです。

例えば、
【背の高い少年】は
【少年】と言う名詞に対して
【背の高い】という形容詞を使って
名詞を形容しているわけです。

形容詞一語で形容出来ない、
例えば【私の家の隣に住む背の高い少年】
となると形容詞だけでは
少年を形容できません。

そこで関係代名詞というものを使って、
tall boy who is living next to my house 
と形容するわけです。

ことほど左様に
言葉を形容する仕方として
受身型・to不定詞等があるということを
上述の如く具体例を示しながら
形容の仕方を教える方法をとるべきと思います。

日本人としてこの世に生を受け、
日本語を習得してきましたが、
英語学のように
体系的な教わり方をしてきておりません。

日本人は親から、
まづ、名詞(パパ・ママ・ごはん・ちゃわん・はし等)
を口頭で教わり、
決して、どのように書くかは教わりません。

書き方を教わるのは
かなり後になってからです。
にもかかわらず、
日本の英語教育は
何故書き方・読み方から入るのでしょうか。
(発音・言い方ではなく)?

しかも最後まで
会話教育の切り口が無いままで
高等学校教育を終了するのでしょうか?

結果として
6年間もの時間とエネルギーを消費したにもかかわらず
英会話の出来ない日本人を作り上げているのです。

【日本の伝統と文化】に関する教科の追加や
【ゆとり教育】も結構ですが、
英語教育の方法を変える考えは無いのですか?
文部科学大臣殿?

更に申し上げますと、
最近日本語が乱れていると私は感じています。
特に若者世代では言葉の省略から始まり、
満足に【動詞】を使えない人が
TVなどで散見されます。

英語のように
日本語を体系的に教育する教材・教育方法の不在が
一原因ではないでしょうか?

気心の知れた人とは
互いに相手の言わんとする意味を日ごろの言動から
斟酌し合うので意思疎通は可能なるも
初対面とか、育った環境の異なる人
との意思疎通は十分に出来ない。

これは日本語には確立したルールがなく、
親・兄弟・親戚縁者から友人、
更には学校での読み書き勉強を通じて
個人個人で独自の文法を確立しているからです。

大臣ご自身ですら
日本語を英語のように
体系的に文法を教わったことがありますか?
答えはNOだと思います。

英語のように一定のルールが存在すると、
そのルールに従って意思表示をしますから、
共通のルールのもとで言語を教わった人であれば、
いつ・どこでも・誰とでも
意思疎通が容易であるのは自明の理です。

この際、
日本語教育を家庭や個人の力量にまかせずに
日本語会話学
【正しい日本語の使い方教室】、
の新設も検討されたらいかがでしょう?

文部科学大臣殿!!

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