第39話 (1.05.2006)
「大阪旅行」


12月31日より1月4日まで大阪へ家族旅行しました。

年末年始ですので
新幹線の指定席(身障者用)が
確保できるか否か不安がありましたが、
家内が指定席券購入受付日の朝6時から
平井駅に並んだ結果確保できました。
次女の嫁ぎ先のご両親が
大阪近くの和歌山に住んでおられ、
高野山が近いので是非一度御寄り下さい
とのお言葉に甘えて大阪へ出向いた次第です。

次女の連れ合いの車で
大阪市内・京都市内そして高野山と
見学してまいりました。

大阪は現役時代に
仕事で何度が行ってはおりましたが、
市内見学をしたのは初めてです。
御堂筋・道頓堀・宗右衛門町と
車椅子を押してもらい
雑踏の中で大阪の雰囲気を満喫しました。

御堂筋は広いところでは8車線が一方通行という
大変な道路であることを知りました。

道頓堀では阪神タイガースが優勝したときに
熱狂的フアンが堀への飛び込み防止壁を超えて
飛び込んだ場所を見てまいりました。
2メートル超の防止壁を超えるのは
かなりの体力が必要と痛感しました。
道頓堀筋は大変な人ごみで
車椅子利用者は私以外見ませんでした。
大勢の方々には車椅子が迷惑ではなかったかと思います。

道頓堀筋で興味ある屋台を見ました。
たこ焼き屋です。
同じたこ焼き屋が二軒ならんで
屋台を出しているのですが、
一軒は大繁盛で屋台の前に
20メートルくらいの行列ができているのですが、
もう一軒は全く客がいない。
大繁盛の屋台の屋根部分に
「日本一のたこ焼き」との看板があり、
その下に
「隣の店とは一切当店は関係ありません」
と表示してあるのには驚きました。

京都市内は元日に見学したのですが、
神社仏閣は流石に初詣の人達で大変な混雑でした。
京都はやはり仕事の関係で
大阪以上に何度も足を運んだ場所ですが、
正月の京都は初めてです。

高野山は私にとって全く始めての土地です。
標高900メートルの地に
約1200年前(816年)弘法大師が当時の帝、
嵯峨天皇より高野山を賜り金剛峯寺を建立し
真言密教を開創されました。

まず驚いたのはこの山中に広大な門前町(?)が
存在していることです。
お寺も本寺の他に117ケ寺が散在し、
大学・高等学校までが存在しています。
宿坊と称する宿泊設備をもった院が53。

鬱蒼と茂る木立の中にある本堂への参道の両脇には
豊臣秀吉を初めとする歴史上の人物のお墓が立ち並んでいます。
なんと、切腹して果てた浅野の殿様と
47士の墓までありました。
泉岳寺の墓とはどんな関係なのか?

また、浄土真宗を開創された親鸞上人のお墓がありました。
弘法大師(空海)の真言宗と
浄土真宗の関係は私はわかりせんが・・・。

以外であったのは、福助足袋のお墓。
履き捨てられた足袋を供養するとのこと。
更に以外なのは「しろありのお墓」墓標には
「やすらかに眠れ」と彫られておりました。
家を食いつぶすにっくきシロアリも
退治されたあとはきちんと供養をしよう
との発想なのでしょうか?

私達が高野山を参拝したのは1月2日でしたが、
雪のせいか参詣人の数はまばらでした。
警護の警官に聞きましたら
例年よりも参拝人の数は少ないとのことでした。
参道は石畳になっており
車椅子での移動はてこずりましたし、
大変な寒さでスリッパしか履けない私は
指先が凍えそうでしたが、
同行者が下着の上に貼り付けるタイプの
懐炉を持参されていたので、
指先に懐炉を巻き暖をとりました。

両腕にもALSの症状が進行し
頭に手を上げることすら出来なくなっておりますが、
体の許す限り、
家族の手助けを受けて極力、
旅を続けたいと思っております。


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